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福島からの訴え!(38)

福島市から米沢市に避難中 3人の子どもの母親 Kさん

 子どもは3・11の時点で高2の男の子、中1と小3の女の子です。3・11直後も私の家は電気はついていたので原発のニュースも見ていたけど、福島市まで影響があるなんて思いもしなかった。
 勤め先も福島市内ですが「出勤しないでいい」と言われていた。15日に会社からの電話で「東京本社から『屋外に出ている人を屋内に呼び戻せ。着ている服は脱いでビニール袋に入れろ』と指示が出た」と聞いたんです。びっくりですよ。16日には、本社から福島に来ている人はみな、子どもを東京に戻したと聞いた。「ええ? 子どもをどうにかしなくちゃ」と。友達に電話したら「これから西会津に逃げる」と言うので、「私も行きたい」と旅館を予約して、雪の降る夜道を2時間半運転して行って、20日までいました。
 その後、22日から私の職場が始まり、子どもたちを仙台にいる妹に預けて、私は市内に戻りました。放射能のことを勉強し始めたのはそれから。勤務が終わって家に帰ると、涙を流しながらネットで調べていました。
 4月に学校が始まり、子どもたちを福島市に戻した。学校に通わせていいのかわからなかったけど、「みんな行くんだから、行くしかない」って感じです。水は2㍑のペットボトル6本入り1箱を毎日、箱買い。お米を1回とぐにも2㍑ぐらい使うんです。野菜も北海道や九州産を選ぶ。肉は「国産」は使えない。産地が明記してないと福島県産が入ってるから。
 会社から帰ると毎日、県庁や市役所、教育委員会、文科省に3時間くらい電話してました。あまりにひどい対応で、最後は「ふざけんな」と怒鳴りまくってました。

 「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」を知ったのは5月半ば。前代表の中手聖一さんに電話して「部活で校庭を走らされる。どうしたらいいでしょう?」と話したら、「私が一緒に中学校に行ってあげます」と言ってくれて、びっくりして泣いちゃった。そんなことを言ってくれる人がいるなんて考えられなかったんです。
 直後の5月23日に文科省に「20㍉シーベルト基準撤回」を求めて交渉しに行くことも教えてもらった。仕事を休まないと行けないし、すごく悩んだけど、前夜10時に行くことを決めました。
 あの時の文科省の対応を見て、私たちはこんな被害を受けているのに、なぜわざわざ東京まで来て訴えなきゃいけないのかと思いましたよ。福島からの参加者にマイクが回されて「5年後、10年後に子どもに『どうしてあの時、止めてくれなかったの』と泣かれた時に、私は『国がこう言ったから、あなたたちはがんになった』と言いたくない」と話しました。
 その後は約9万円の線量計を買い、3万8千円くらいの高圧洗浄機も買って、家の壁も屋根も一生懸命除染した。あのころは毎時1マイクロシーベルトくらいありましたから。
 6月中旬に米沢に行き、市役所で避難について相談した。駐車場は福島ナンバーの車だらけ。翌週以降は米沢には物件がなくなったそうです。

 夏休みに入ってすぐ引っ越しました。長男はあと半年で卒業だから、連れ合いと長男の2人は福島市に残り、下の女の子2人と私が米沢へ。私は米沢から福島市の職場に車で通勤。連れ合いと私の職場は近いので、毎日お昼ご飯を一緒に食べて、いろいろ打ち合わせするという生活です。
 転校先の学校は本当に親切にしてくれました。でも自主避難だし二重生活でお金もかかる。それでも下の子が18歳になるまでは福島市に戻すつもりはない。福島にいたことが心の傷になっても困るし、子どもを産む時も心配になると思うから。
 再稼働ももちろん反対だけど、「まず子どもの避難が先」という思いが強いですね。福島市に毎日出勤して、今も毎日被曝させられている子どもたちを見ているんです。
 なのに東京に行っても、どの政党も福島の子どものことを言わない。自民党の党首選で「少子化対策」とか言ってるけど、「福島で暮らしている健康な子どもたちを病気にさせようとしているのに」と思いますよ。
 自分の不勉強も恥じました。だからこそこれからは精いっぱい頑張ります。娘たちもストレスもあるし、ぶつかることもある。そうすると娘に「大人のせいで私たちはこんな目に遭っているのに」と言われる。つらいです。子どもの命の問題は「間違えた」では済まされない。この1年半で民主主義とは闘い取るものだと学びました。国策で進められてきたことである以上、国の責任は絶対に追及しぬきます。
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プロフィール
動労千葉を支援する会・習志野  国鉄分割・民営化で解雇された動労千葉組合員の解雇撤回をかちとるために、2010年9月、千葉県習志野市で働く公務員労働者を中心に結成。①動労千葉争議団を支援するための物資販売、②宮城や福島などの被災地支援、③職場で労働者が胸を張って働けるように闘っています。          職場新聞『風雲』を発行。

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