闘う労働運動を職場からつくりだそう!

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原職復帰かちとったぞ

原職復帰かちとったぞ
 3年間の仕事外し打ち破ってハンドルを取り戻しました!


 ちば合同労組 綿貫 透

 霊きゅう車の運転手に復帰 50万賠償金も

 昨年10月1日、私は3年間にも及ぶ仕事外し=解雇攻撃、労働組合運動弾圧を粉砕して、ついに原職の霊きゅう車の運転手に復帰する大勝利をかちとりました!
 この大勝利に続いて12月14日、「停職処分の無効確認」と「仕事外しで受けた損害への賠償」を請求した訴訟の判決で、千葉地裁松戸支部は「3年近くの仕事外しは管理職の不法行為」と認定し、柏市当局に対して50万円の賠償金を支払うことを命じたのです。これに対して柏市当局は控訴できず、完全に敗北を認めました。
 2009年、東葛中部地区総合開発事務組合(=柏市役所)は、自治体業務の全面民営化・非正規職化を強行するために、民営化絶対反対で闘う私から霊きゅう車運転のハンドルを奪い、雑用も含めた一切の仕事をさせない攻撃に踏み出しました。管理者は「綿貫が労働運動を二度としないと約束しないと運転させない」と公言し、これに私が屈服しないと、今度はビラまきや門前闘争を口実にして1カ月の停職処分を強行してきたのです。
 これは民営化・非正規職化に反対する私に処分を加え続けて解雇するか、仕事外しで自主退職に追い込むことを狙った、民営化のための首切り攻撃です。
 公務員360万人首切り攻撃、公務員職場における民営化・外注化・非正規職化攻撃との最先端の攻防です。私は、自分だけでなく全労働者の階級的利害をもかけて、3年間の仕事外しと全力で闘いぬき、原職復帰という大勝利をかちとったのです!

 連日7時間45分、目の前の壁を見続けて

 この3年間は、非人間的な仕事外しと対峙しぬいた日々でした。職場に行って毎日行うことは、勤務時間の7時間45分間、目の前の壁を見続けることでした。電話に出ることも、職場の仲間に話しかけることも、雑用をやることも、本を読むことも禁止されました。管理者は「何もしないという業務を行うことが業務」と言ったこともあります。私の存在を周りから見えなくするために、私の目の前に隔離用のホワイトボードまで置かれ、職場で回す回覧物を見ることからも除外されたのです。
 管理者は毎日、私の動向を記した「管理職ノート」を作成していました。管理者は、私が勤務時間外で駅頭ビラまきをしたことを柏警察署に通報したり、動労千葉物販を申し込んだ同僚に対して申し込みを取り消すように迫りました。さらに管理者は「綿貫さんは労働運動に取りつかれている」とまで言い放ったのです。管理者は、私あての郵便物を盗み、組合関係の郵便物が来ないように、私に無断で転居届を提出することまでやりました。書ききれないほどの不当労働行為とパワハラの繰り返しでした。
 3年間の仕事外しは、労働者にとって屈辱的で精神的負担の大きい攻撃です。本来業務の霊きゅう車の運転をさせずに、その分の仕事を同僚にやらせて過重な負担を与え、それでも回らない時は民間の霊きゅう車を税金で発注して、なし崩し的に霊きゅう車運転の民間委託を強行したのです。
 私がちば合同労組に加盟し、団体交渉で「仕事外しをやめろ」と要求すると、管理者は印刷物の訂正用シール張りや廃棄書類のシュレッダーかけを気まぐれ的に命じ、「仕事を与えた」などと言ってきました。
 こういう中では、自分が勝っているのか負けているのかもわからないし、周りの会話が全部悪口に聞こえてくることもありました。周りの仲間と話し合いを持とうにも拒絶されます。当局は私がこうした現実に屈服し、自主退職していくことを狙っていたのです。
 しかし私は韓国・民主労総の「99回負けても100回目に勝つ」という労働歌を口ずさみ、「三里塚の一坪共有地のように、今に自分の机を焦点にさせるぞ」と自分を奮い立たせて、出勤することを闘いとして踏ん張りました。
 地域の仲間と「ビラまき停職処分を許さない会」「動労千葉を支援する会・東葛」を結成し、訴訟の傍聴や市役所などへのビラ配布を行い、さまざまな職場に訪問し続け、主要な組合行事には必ずビラまきを行いました。そこで多くの労働者が声をかけてくれ、仕事外しに怒ってくれました。街頭宣伝をやれば、団結署名が多くの労働者から寄せられました。「公務員バッシングは打ち破れる」と確信したし、「自分は間違っていない」と確信し、ものすごい力になりました。
 「原職復帰させる予定はない」と公言する当局に対して、当局の不当労働行為を弾劾していくことに加え、職場の仲間との分断をのりこえて職場に団結をつくるにはどうしたらいいかをめぐって、合同労組でくりかえし議論しました。
 みんなと団結したいことを自分の方から訴えること、職場のあらゆる人にあいさつをきちんとすることから始め、労働者と徹底的に結びつくこと、そして労働者としてきっちり仕事はやっていくことなどを議論しました。
 本来の霊きゅう車運転でない「雑務」であっても、きっちり仕事をやるようにしました。機会あるごとに、職場の仲間に「一緒に仕事がしたい」と訴え続けました。そうしているうちに、仲間の見る目も変わってきました。
 職場では、私の仕事外しが始まったころとは比べものにならないほど人員が削減され、労働強化が進んでいました。私に仕事を与えないことが矛盾となっていったのです。
 仕事外しに屈せず、生き生きと職場に登場する私に対して、追い詰められた管理職は「誰が綿貫を支えているのか」などと犯人探しまで始めて、職場の仲間にも「あなたは裏では綿貫とつながっているのだろう」と攻撃するという事態となりました。こうした事態が職場の仲間の怒りをかきたて、職場の矛盾を拡大し、当局との力関係を変えていきました。そして動労千葉を支援する会の拡大もかちとりました。

 絶対反対貫く動労千葉労働運動を実践し

 こうした中で、ついに昨年10月1日、霊きゅう車運転という原職への復帰をかちとりました。3年ぶりの霊きゅう車運転に対し、周りの仲間が丁寧に仕事を教えてくれたり、多くの人が復帰を喜んで声をかけてくれます。このことだけでも正義性は明白だし、「闘ってきてよかった!」と心から実感しています。
 人員削減や完全民営化の話が出てくる中で、実は周りの労働者も同じ攻撃を受けていて、闘っていたのだと思います。時には反動的な態度や「無関心」を装っていたとしても、現場労働者とは絶対に結びつけるということを闘いの中で気づかされました。
 最初から展望が見えなくても、資本や当局と絶対反対で闘えば、当局に打撃を与え、必ず勝利できることを闘いの中でつかみました。これこそが動労千葉労働運動の実践だと思います。
 霊きゅう車の運転を始めてから18年目の初春を原職復帰で迎えていることの勝利性は今も日に日に実感しています。
 2013年はいよいよ民営化・非正規職化との激突の年です。職場から闘う労働運動をつくり出すために全力で闘いぬきます!
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プロフィール
動労千葉を支援する会・習志野  国鉄分割・民営化で解雇された動労千葉組合員の解雇撤回をかちとるために、2010年9月、千葉県習志野市で働く公務員労働者を中心に結成。①動労千葉争議団を支援するための物資販売、②宮城や福島などの被災地支援、③職場で労働者が胸を張って働けるように闘っています。          職場新聞『風雲』を発行。

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